(5)山と水の循環
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木が繁るということは、水があるということです。田んぼに水が入り、野菜、果物が太陽 に当たり、養分が大地へ流れ、生物全体が生きることができます。最近、山林が環境問題 から多少見直されてきたようですが、国産材を使い、家を建てるということは、山の手入 れ、つまり下草を刈り、枝を打ち、山の地が呼吸できるよう手助けをしなければなりません。 木曽桧が、あれだけきれいなピンク色で、色が単一な
のは、木が育つ土があるわけです。その中に流れている 水はまたきれいなものです。水はやがて下に浸み、また その中から野菜や果物ができ、われわれが飲んだり食べ たりするものが生まれるわけです。木は水を集める、そ ういう要素から言っても、生活を潤いあるものにする、 なくてはならないものだと思います。 その山が今、ずいぶんと手つかずのままになってい ます。「山のようなものは何とかなる。身体もえらい し、下草刈りに行って蛇にでもかまれたら大変だ」な どと言って、山に行く人はほとんどいません。世話を しなければ、山は密林みたいになって、空気も、陽も射しません。やがて共倒れしたり、 ちっとも大きくならずに、栄養のない、モヤシみたいな山になってしまう。したがって 間伐をして空気を入れ、光を入れてやることが必要です。 私の村で、村有林を、伐採の時期であれば、村に住んでいる人であればタダで家一軒 分くらい伐って建たせ、その代わりに家族で山の下刈りを年に1、2回やらせる、そう いうような仕組みを村で作ってみたらどうかと話をしてみたことがあるのですが、なか なかうまくいきませんでした。そういうことはこれからしていかないといけない時代に 入っています。やる価値があることだと思っています。子どもを山に遠足などで連れて いくと、「ああいいな、あけびがなっている」「キノコがあった」と、純粋に子どもは 大きな歓声を上げます。そこで、この次に来るときにも、このキノコがたくさん生える ように、またあけびがたくさんできるように、木がすくすくと育って、子どもたちが育 ったときにこの木で家が建てられるようにと、学校教育の一環として、教えなければい けない。というより、ずっと前にしていなければいけなかった。
木はざらに300年くらいは 生きます。長いものは、杉の ように何千年も生きます。ク スノキやイチョウなども何千 年も生きます。トチも、あん なぼけたような木が、800年 や1000年近く経った木が今 でも現存してあちこちにあります。そんな木が倒されても、使い勝手を間違わずに、 いい家をつくり、いい家具をつくれば、また私たちの生活の中で木は生きていきます。 木を扱う者として、今述べたようなことを大事にしていかなければいけないのではな いか、と思います。 斉藤 寛親 |